2015年04月12日

「エマオから始まる新しい道」

※八重樫 捷朗 伝道師が今年4月から、会津若松教会
の教師として就任されました。以下、イースターでの説教
要旨をご紹介します。(信徒S)

「エマオから始まる新しい道」 伝道師 八重樫捷朗

ルカ24章13−35節

イエスがエルサレムで十字架にかかり、死んで葬られた
後、失望と驚きの中にあって、この出来事について語り
合いながら、エマオという村に向かって歩く二人の弟子
がいました。

聖書には「イエスが近づいて来て、彼らと一緒に歩いて」
とありますが、彼らは「イエスと認めることが出来なかっ
た」ようです。

そこでイエスは彼らに質問して、何が事柄の核心なのか
を彼ら自身で再確認するように導かれ、その上でこの出
来事こそ、聖書に記されている救い主キリストの受難と
栄光を表わす内容そのものではないか、と「説き明かさ
れた」のです。

それでも尚二人はその説き明かす人がイエスご自身とは
悟らず、彼を「強いて引きとめ一緒にお泊り下さい」と
お願いし、「イエスは彼らと泊まるために家に入られた」
のです。

食卓でイエスが「パンを取り、祝福して裂き、彼らに渡
しておられるうちに、彼らの目が開けてそれがイエスで
あることがわかった。すると御姿が見えなくなった。彼
らは互いに言った」のです。「道々お話になったとき、
また聖書を説き明かして下さったとき、お互いの心が内
に燃えたではないか。」

今日も主イエスは人生の歩みを歩いている私たちに近づ
いてきて、一緒に歩いて下さいます。たとえ絶望の中に
あっても問題を整理させ、聖書を説き明かして私たちの
心を内に燃えさせて下さるのです。

エマオへの旅路において起こったパン裂きによる復活者
(キリスト)の現存と、旅人の弟子たちによる復活者
(キリスト)の体験、そして認知は、イエス以後の宣教
する教会における聖餐式の意味でもあると思われます。

食卓でのイエスの行動は、ルカの当時の教会に、ユダヤ
人と異邦人のキリスト教的な、交わりへの神学的根拠を
提供しているのです。このような1つの食卓の交わりと
してのキリスト教は、それぞれの土地で、土着の文化的
タブーに挑戦し、人々を解放する働きを与えてきたと思
うのです。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 10:30| 説教要旨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする