2015年09月23日

新島 襄・八重と会津若松教会の縁

1885年、東北地方伝道の途中に立ち寄った新島 襄
から洗礼を受けたのが、会津若松教会、最初の信徒
とされています。(『会津若松教会百年史』より)

これは、会津の地でキリストを熱心に信じる者と、
それを支える牧師や伝道師の熱心な働きに、新島 
襄が応えたものです。その後、会津若松教会は、
組合教会(同志社系の教会)として「自由、自治、
自給」の*会衆派主義の伝統を受け継ぎ、今日まで
歩んで来ました。

また、新島 襄の妻である八重も、襄と共に会津を
訪問し、晩年にも会津を訪れた八重は、直筆の書を
会津の教会や学校関係者に残しています。京都に暮
らしていても、故郷『会津』を想い続けていたよう
です。

戊辰戦争を自ら銃を持ち最後まで戦った、会津藩士
の魂を持った八重と、密航者として渡米し、帰国後、
キリスト教精神に基づく「良心」を、広く世の中に
伝えようと同志社設立に邁進した襄は、共に新しい
時代を切り開いて生きる戦友のような間柄だったの
ではないでしょうか。

芯がありつつ、一方で自由さと自らの良心を持ち続
けた襄と八重は、現代の日本社会のクリスチャンの
1つの在り方を、今なお示しているように感じます。
そのような、信仰の先達に連なるキリスト教会が、
会津若松教会なのです。

*会衆派主義「教会の独立と自治、教会員の平等と
人格の尊厳、個人の悔改めの自覚及び良心及び良心
の自由を尊重する点にあり、現実社会で神の意志を
追求し、神の栄光を実現させる実践活動を重んずる」
(『同志社百年史』より)
posted by 信徒S at 20:59| 新島 襄・八重と当教会の縁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする