2016年10月26日

若松第一高等学校の生徒さんが来られました

先日、若松第一高等学校の生徒さんが教会へ見学に来
られました。長年、会津若松教会牧師は一高の朝礼で
全校生へメッセージを語って来ました。

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若松第一高等学校は、2015年からキリスト教学校教育
同盟に加盟して、全国のキリスト教主義の学校と一層
繋がるようになりました。(2017年4/1からは校名も
『会津北嶺高等学校』と変わるようです。)

私立高校ならではのきめ細かな指導と、実践的な力を
養うカリキュラムに加え、キリスト教主義に基づき、
博愛精神を学ぶことの出来る学校は、都会には多くあ
りますが、地方には少ないのではないでしょうか。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 18:07| 教会行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

2016年・会津若松教会バザーが行われました

本日、恒例の会津若松教会バザーが行われました。
曇り空でしたが、爽やかな秋の気候の中で、雑貨や
衣類、食品や農作物、コーヒーや手芸品など、沢山
の人の協力により提供することが出来ました。地域
の皆さんにお越し頂き感謝です。

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(その場で調理するコーナーは、特に好評でした。)

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(バザーには掘出物もあったりして、結構楽しいです。)

今回のバザーの収益は、会堂維持と熊本地震の被災
地支援に大切に用いさせて頂きます。改めてお一人
お一人にお礼申し上げます。…12月にはクリスマス
のお祝いを行います。一緒にお祝いしてみたい方は、
どうぞ教会へお越しください!
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 21:06| 教会行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

口から出るものが人を汚すのである

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(クリックすると写真が大きくなります。)

マタイによる福音書・15章11節、17〜20節

口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、
口から出るものが人を汚すのである」。

口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、
そして、外に出て行くことを知らないのか。

しかし、口から出て行くものは、心の中から出て
くるのであって、それが人を汚すのである。

というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、
不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てく
るのであって、

これらのものが人を汚すのである。

〜コメント〜
ユダヤ社会では、今でも食べ物に関するルール
とタブーがありますが、余計な事をつい言って
しまう方が、問題が大きいようです。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 07:06| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

会津のキリシタンについて(信徒S)

戦国時代(1590年)、会津の領主となったキリシタン
大名・蒲生氏郷によって、会津地域にキリスト教が
広められます。キリシタンは多い時で若松の人口の
約3割を占めたといいます。また、猪苗代には神学
校まであったようです。キリシタン大名の城の石垣
には、十字架が刻まれているとも言われ、鶴ヶ城の
石垣にも十字を見ることが出来ます。

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(クリックすると大きい画像で確認できます。
 石垣は「御三階跡」を東に進んだ場所です。)

江戸時代、キリスト教を禁ずる禁教令(1614年)が
出されると、全国的にキリスト教への迫害と弾圧が
強まります。幕府は教会の一切を破壊し、宣教師を
国外追放としました。また、キリスト教を捨て改宗
しない者を次々と拷問し、処刑しました。改宗後も
その子孫を何代にも渡って監視し、差別を加えたの
です。切支丹禁制の高札(キリスト教を禁じ、キリ
シタンを見つけた者に褒美を与えるという公示板)
は、明治の初め頃まで大通りに掲げられました。

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(市内神指町黒川字薬師川原にある、キリシタン塚。
 カトリックの人々によって、今も守られています。)

禁教時、教会だけでなく、聖書や十字架など信仰を
伝える品々を失いました。何よりも専門に教える人
がいませんでした。それでもなお、キリスト教を信
じる人々がいました。「隠れキリシタン」です。見
つかれば拷問や見せしめに処刑される時代です。隠
れキリシタンは仏像を拝むふりをして、仏像に偽装
した十字架や聖母子像(マリアとイエス)を拝んで
いたようです。今でも会津各地に遺跡が残されてい
ます。(南会津町(旧・田島町)福米沢地区・常楽
院にあるマリア観音は有名です。)

こうした徹底したキリスト教排除は、明治時代まで
約250年以上続きました。その長い年月の中で、隠れ
キリシタンの信仰は、一部の地域(長崎など)を除
き、土着の宗教や仏教へ変わってしまったようです。
明治6年(1873年)にキリスト教の禁制が解かれると、
教会が全国各地に再び建ち始めます。1891年には、
会津若松最初のプロテスタント教会(会津若松教会)
が建つのです。キリシタンの歴史から、信教の自由
と信仰を伝えることの「尊さ」を感じます。

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(旧・会津若松教会堂に使われた瓦)

参考文献
「会津のキリシタン」 アーミン・H・クレーラ
 /エヴェリン・M・クレーラ 著

〜番外編〜
蒲生氏郷や高山右近らキリシタン大名は、宣教師から
食文化も教えられ、当時、タブーとされていた牛肉を
食べていたようです。江戸時代にはキリスト教と共に
肉食も禁止されますが、明治時代に共に解禁されます。
教会でバーベキューを行うことがありますが、コレは
キリスト教と肉食の解禁を祝う行事?ではなく、純粋
に親睦会のようですね!

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(食文化もまるで違う異国の地で、宣教師らは
 肉料理に、遠い祖国を想ったでしょうか……)
posted by 信徒S at 20:39| 会津のキリシタンについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

あなたの信仰があなたを救ったのです

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(クリックすると写真が大きくなります。)

ルカによる福音書・7章36節〜50節

あるパリサイ人がイエスに、食事を共にしたいと
申し出たので、そのパリサイ人の家にはいって食
卓に着かれた。

するとそのとき、その町で罪の女であったものが、
パリサイ人の家で食卓に着いておられることを聞
いて、香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、

泣きながら、イエスのうしろでその足もとに寄り、
まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬ
ぐい、そして、その足に接吻して、香油を塗った。

イエスを招いたパリサイ人がそれを見て、心の中
で言った、「もしこの人が預言者であるなら、自
分にさわっている女がだれだか、どんな女かわか
るはずだ。それは罪の女なのだから」。

そこでイエスは彼にむかって言われた、「シモン、
あなたに言うことがある」。彼は「先生、おっし
ゃってください」と言った。

イエスが言われた、「ある金貸しに金をかりた人
がふたりいたが、ひとりは五百デナリ、もうひと
りは五十デナリを借りていた。

ところが、返すことができなかったので、彼はふ
たり共ゆるしてやった。このふたりのうちで、ど
ちらが彼を多く愛するだろうか」。

シモンが答えて言った、「多くゆるしてもらった
ほうだと思います」。イエスが言われた、「あな
たの判断は正しい」。

それから女の方に振り向いて、シモンに言われた、
「この女を見ないか。わたしがあなたの家にはい
ってきた時に、あなたは足を洗う水をくれなかっ
た。ところが、この女は涙でわたしの足をぬらし、
髪の毛でふいてくれた。

あなたはわたしに接吻をしてくれなかったが、彼
女はわたしが家にはいった時から、わたしの足に
接吻をしてやまなかった。

あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、
彼女はわたしの足に香油を塗ってくれた。

それであなたに言うが、この女は多く愛したから、
その多くの罪はゆるされているのである。少しだ
けゆるされた者は、少しだけしか愛さない」。

そして女に、「あなたの罪はゆるされた」と言わ
れた。

すると同席の者たちが心の中で言いはじめた、
「罪をゆるすことさえするこの人は、いったい、
何者だろう」。

しかし、イエスは女にむかって言われた、「あな
たの信仰があなたを救ったのです。安心して行き
なさい」。

〜コメント〜
キリスト教とは、愛と赦しによる、救いの宗教かと
思うのです。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 23:18| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする