2016年12月23日

まことの光を求めて【アマールと夜の訪問者】

「まことの光を求めて」 八重樫 捷朗 教師
クリスマス・キャンドル礼拝メッセージ

※説教要旨をブログ用に変換して紹介しています。
(信徒S)

最初に救い主の誕生を祝い拝みに来たのは、祭司長
たちでも聖書に詳しい律法学者たちでもなく、遠い
東の国の異邦人である占星術の学者たちでした。
学者たちは天上においてまばゆいばかりの光の星に、
ただならぬものを受けとめたに違いありません。彼
らはその知識と経験のすべてを傾けて、今までとは
違う新しい王が生まれるということを星の動きに読
みとりました。彼らは行く先を知らずして、新しい
真理に向かう道を一歩踏み出しました。

学者たちはまずユダヤの都エルサレムに向かい、
ヘロデの宮殿を訪れます。しかしエルサレムでは王
として生まれた幼子に出会うことはできませんでし
た。彼らの予測、判断、知恵、知識、努力などその
すべてはイエスとの出会いとして実りません。星に
導かれながらも人間的な、あまりにも地上における
価値判断に身をゆだねて道を辿ってきた彼らの挫折
が示されています。しかし不安と恐れ、戸惑いと
混迷、挫折の中で昔から伝えられてきた聖書の語り
かけが、行くべき所を新たに示し出しました。

聖書に従った学者たちが目にしたのは、飼い葉桶に
眠るイエスの姿、それはいかなる意味においても強
さ、力、権威というものとは縁のない姿をした「メ
シアの姿」でした。彼らはことごとく自分の思惑が
ひっくり返されるにもかかわらず「喜びにあふれて」
幼子を拝み、彼らの宝物(黄金・乳香・没薬)を捧
げます。そこに真の礼拝が生まれたのです。三人の
学者の捧げ物はもともと彼らの商売道具で、これま
で自分が大切にしてきた物、かけがえのない物を主
の前に差し出して生きるということです。

「アマールと夜の訪問者」というオペラをご存知で
しょうか。(ジャン=カルロ・メノッティ作曲)
このオペラはクリスマスの大切な捧げ物についての
物語です。救い主を求めて旅をする三人の学者が、
アマールという足の不自由な少年と母親が暮らす貧
しい家に一晩の宿を求めて訪れます。やがて三人の
学者が寝静まった頃、母親は貧しさから彼らが持つ
宝物(黄金)に手を伸ばし、見つかってしまいます。
宝物は学者たちが救い主へ捧げる大切な物でした。
それを聞いたアマールは自分も何か大切な物を救い
主へ捧げたいと、足代わりの杖を学者へ差し出した
時、アマールの足は癒されたという物語です。

ある神学者は、信仰というのは人間が自分自身の元
にいることをやめて、自分を中心とすることをやめ
て、自分の外にある中心に向かって生きること、す
なわち「自分自身から目をあげて生きること」だと
言いました。自分を捧げて主のために生きること、
自分中心の生き方と決別して、かけがえのない自分
を主の前に差し出して、救い主イエスを自分の人生
の拠点として新しく生きるということです。この世
で人として生き給うたイエスが、われわれの人生を
今も導いていることを信じて、新しくスタートした
いと思います。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 17:00| 説教要旨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする