2017年08月19日

すべてのことに感謝

感謝の気持ちが大切なことは、誰もが認めるこ
でしょう。それを積極的に声に出して言うこと
が人間関係上も良いことは分かります。ですが、
心に反して常に「ありがとう!感謝!」と言い
続けるのも、ちょっと違う気がします。…感謝
の思いは、様々な良いことに心を向け、その恵
みに気付いた時に自ずと生まれるのではないで
しょうか。

treatment.jpg

忙しい暮らしをしていると、人は恵まれた状態
を当然のこと、「当たり前」と感じがちです。
そんな時はちょっと立ち止まって、もしも今の
暮らしが急に失われたら?と考えてみてはどう
でしょうか?

例えばお風呂のボイラーが壊れて、家のお風呂
に入れなくなったら?直るまで不便ですよね。
行きつけのコンビニが閉店したら?…私にとっ
ては明日から会社のランチをどうすれば良いか
途方に暮れてしまいます。

shopping.jpg

このように「当たり前」と感じる生活は、実は
秩序ある暮らしなのです。この日常が何らかの
アクシデントで失われる時、人は混沌に迷い込
むのです。

新共同訳の聖書(創世記1章2節)には『混沌』
に秩序を与えて世界が創られた話(天地創造)
が書かれています。…混沌の反対には秩序が
あり、感謝の反対には当然があるようです。

今夜、自宅のお風呂に入れる人は、そのことに
感謝しても良いかもしれません。何らかの事情
で家のお風呂に入れない人は、今まで入ること
が出来た時、わざわざ感謝していたでしょうか?

bath.jpg

このように日常の1つ1つ、例えば今日の食事、
今日、自分と普通に話をしてくれた隣人、一日
を終えて布団で横になって休めることetc…これ
ら1つ1つを「当然」ではなく「恵み」と捉え、
感謝するなら、究極的には秩序を与える働きで
ある神への感謝に通じるかと思うのです。
(信徒S)

すべての事について、感謝しなさい。これが、
キリスト・イエスにあって、神があなたがた
に求めておられることである。
  『テサロニケ人への第一の手紙5章18節』
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 22:47| 右斜め上すべてのことに感謝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい

trampoline.jpg
(クリックすると写真が大きくなります。)

テサロニケ人への第一の手紙5章16節〜18節

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、
キリスト・イエスにあって、神があなたがた
に求めておられることである。

〜コメント〜
有名な聖書のみ言葉です。喜び、祈り、感謝
して生きる。クリスチャンなら誰もが憧れる
理想の状態(天国)ではないでしょうか?
…せめて現実では、もう少しお祈りに努めた
いと思います。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 20:43| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

「快楽の園」【ヒエロニムス・ボス】1504年

Le Jardin des délices.png
(クリックすると画像が大きくなります。)

ヒエロニムス・ボスの名前は知らなくても、
下の不気味な顔を美術や歴史の教科書で見た
という人は結構いるのではないでしょうか?

Le Jardin des délices2.jpg
(右側:地獄図の中央に描かれています!)

ルネサンス期の奇才ヒエロニムス・ボスは聖書
を題材にしながら、左側のエデンの園(天国)
にはアダムとエバ以外にも、肉食動物が獲物を
捕まえていたり、聖書が示す天国よりも殺伐な
感じを受けます。中央(快楽)は現世でしょう
か?右側(地獄)では不気味な生物がうごめく
怪奇の世界になっています。

教会の権威が強く、宗教裁判も盛んに行われて
いた中世ヨーロッパですが、こうした大胆かつ
緻密な絵画は、当時の人々にも大変人気だった
ようです。

あまりに独自過ぎるため、宗教画としては異端
?かもしれませんが、得体の知れないものを見
たい(怖いもの見たさ)の感覚は、時代を超え
た人間の本性かもしれませんね(信徒S)


(参考)
創世記第2章7節〜25節

主なる神は土のちりで人を造り、命の息を
その鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた
者となった。

主なる神は東のかた、エデンに一つの園を
設けて、その造った人をそこに置かれた。

また主なる神は、見て美しく、食べるに良い
すべての木を土からはえさせ、更に園の中央
に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。

また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、
そこから分れて四つの川となった。

その第一の名はピソンといい、金のあるハビラ
の全地をめぐるもので、

その地の金は良く、またそこはブドラクと、
しまめのうとを産した。

第二の川の名はギホンといい、クシの全地を
めぐるもの。

第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの
東を流れるもの。第四の川はユフラテである。

主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、
これを耕させ、これを守らせられた。

主なる神はその人に命じて言われた、「あなた
は園のどの木からでも心のままに取って食べて
よろしい。

しかし善悪を知る木からは取って食べてはなら
ない。それを取って食べると、きっと死ぬで
あろう」。

また主なる神は言われた、「人がひとりでいる
のは良くない。彼のために、ふさわしい助け手
を造ろう」。

そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべて
の鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、
彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人が
すべて生き物に与える名は、その名となるので
あった。

それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野の
すべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい
助け手が見つからなかった。

そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、
そのあばら骨の一つを取って、その所を肉で
ふさがれた。

主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女
を造り、人のところへ連れてこられた。

そのとき、人は言った。「これこそ、ついに
わたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取った
ものだから、これを女と名づけよう」。

それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、
一体となるのである。

人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ず
かしいとは思わなかった。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 21:19| 楽しいキリスト教絵画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする