2015年08月14日

最も大いなるものは、愛

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コリント人への第一の手紙 第13章1節〜13節

たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、
もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢
と同じである。

たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義と
あらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い
信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、
自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、
いっさいは無益である。

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない、

不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨
みをいだかない。

不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべ
てを耐える。

愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、
異言はやみ、知識はすたれるであろう。

なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言す
るところも一部分にすぎない。

全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼
な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、
おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。

わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見て
いる。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろ
う。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかし
その時には、わたしが完全に知られているように、完全に知
るであろう。

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、
この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

〜コメント〜
意見の違いや、働きの善し悪しも、そこに相手を思いやる
気持ち(愛)がなければ無に等しいと、鋭く教えられます。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 23:10| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする