2016年03月12日

天国について(信徒S)

天国について、確信を持ってあると断言できなくても、
「あるんじゃないかな?」と漠然と信じている人は、
結構いるのではないでしょうか。その人に向かって、
「死んだら天国があるのに、なぜ苦労して地上を生き
るのか?」と聞くことは、意地悪でしょうか。これは
実は重要な問いかと思います。

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人は、先のことや死後どうなるかを、完全には分から
ないまま生きていますが、不確実だからこそ、天国は
信じるものだとも言えます。明らかな事柄であれば、
そもそも信じる必要はないからです。

人生では、分からないことや、疑いの余地がある時に、
考えないようにして生きるか、「こうではないか」と
想定して生きるか、2つの態度があるように思います。

聖書には、人が生きることには意味があり、死はすべ
ての終わりでないと、多くの言葉で語られています。
み言葉にふれ、人生の意味を問う時、実は神の側から
人は問われているのではないでしょうか。神があなた
を望み、あなたをこの世に創られたと*聖書は告げます。
人は誰でも、このことを自分の人生に想定することが
出来るのです。(信徒S)

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*参考箇所:詩篇・第139篇1節〜18節

主よ、あなたはわたしを探り、
わたしを知りつくされました。

あなたはわがすわるをも、立つをも知り、
遠くからわが思いをわきまえられます。

あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、
わがもろもろの道をことごとく知っておられます。

わたしの舌に一言もないのに、
主よ、あなたはことごとくそれを知られます。

あなたは後から、前からわたしを囲み、
わたしの上にみ手をおかれます。

このような知識はあまりに不思議で、
わたしには思いも及びません。
これは高くて達することはできません。


わたしはどこへ行って、
あなたのみたまを離れましょうか。
わたしはどこへ行って、
あなたのみ前をのがれましょうか。

わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。
わたしが陰府に床を設けても、
あなたはそこにおられます。

わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも、

あなたのみ手はその所でわたしを導き、
あなたの右のみ手はわたしをささえられます。

「やみはわたしをおおい、
わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、

あなたには、やみも暗くはなく、
夜も昼のように輝きます。
あなたには、やみも光も異なることはありません。
あなたはわが内臓をつくり、
わが母の胎内でわたしを組み立てられました。

わたしはあなたをほめたたえます。
あなたは恐るべく、くすしき方だからです。
あなたのみわざはくすしく、
あなたは最もよくわたしを知っておられます。

わたしが隠れた所で造られ、
地の深い所でつづり合されたとき、
わたしの骨はあなたに隠れることがなかった。

あなたの目は、
まだできあがらないわたしのからだを見られた。
わたしのためにつくられたわがよわいの日の
まだ一日もなかったとき、
その日はことごとくあなたの書にしるされた。

神よ、あなたのもろもろのみ思いは、
なんとわたしに尊いことでしょう。
その全体はなんと広大なことでしょう。

わたしがこれを数えようとすれば、
その数は砂よりも多い。
わたしが目ざめるとき、
わたしはなおあなたと共にいます。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 23:10| 信徒のブログ(まじめ?) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする