2016年04月06日

人はパンだけでは生きず

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申命記・8章1節〜18節

わたしが、きょう、命じるこのすべての命令を、あ
なたがたは守って行わなければならない。そうすれ
ばあなたがたは生きることができ、かつふえ増し、
主があなたがたの先祖に誓われた地にはいって、そ
れを自分のものとすることができるであろう。

あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを
導かれたそのすべての道を覚えなければならない。
それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの
心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どう
かを知るためであった。

それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あ
なたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマ
ナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは
生きず、人は主の口から出るすべてのことばによっ
て生きることをあなたに知らせるためであった。

この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あな
たの足は、はれなかった。

あなたはまた人がその子を訓練するように、あなた
の神、主もあなたを訓練されることを心にとめなけ
ればならない。

あなたの神、主の命令を守り、その道に歩んで、彼
を恐れなければならない。

それはあなたの神、主があなたを良い地に導き入れ
られるからである。そこは谷にも山にもわき出る水
の流れ、泉、および淵のある地、

小麦、大麦、ぶどう、いちじく及びざくろのある地、
油のオリブの木、および蜜のある地、

あなたが食べる食物に欠けることなく、なんの乏し
いこともない地である。その地の石は鉄であって、
その山からは銅を掘り取ることができる。

あなたは食べて飽き、あなたの神、主がその良い地
を賜わったことを感謝するであろう。

あなたは、きょう、わたしが命じる主の命令と、お
きてと、定めとを守らず、あなたの神、主を忘れる
ことのないように慎まなければならない。

あなたは食べて飽き、麗しい家を建てて住み、

また牛や羊がふえ、金銀が増し、持ち物がみな増し
加わるとき、

おそらく心にたかぶり、あなたの神、主を忘れるで
あろう。主はあなたをエジプトの地、奴隷の家から
導き出し、

あなたを導いて、あの大きな恐ろしい荒野、すなわ
ち火のへびや、さそりがいて、水のない、かわいた
地を通り、あなたのために堅い岩から水を出し、

先祖たちも知らなかったマナを荒野であなたに食べ
させられた。それはあなたを苦しめ、あなたを試み
て、ついにはあなたをさいわいにするためであった。

あなたは心のうちに『自分の力と自分の手の働きで、
わたしはこの富を得た』と言ってはならない。

あなたはあなたの神、主を覚えなければならない。
主はあなたの先祖たちに誓われた契約を今日のよう
に行うために、あなたに富を得る力を与えられるか
らである。

〜コメント〜
パンはこの世的な良きもの全般。人はパンと生きる
意味の両方があって、真に生きるのだと思います。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2016年02月18日

求めよ、さらば与えられん

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マタイによる福音書 7章7節〜11節

求めよ、そうすれば、与えられるであろう。
捜せ、そうすれば、見いだすであろう。
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく
者はあけてもらえるからである。

あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、
石を与える者があろうか。

魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。

このように、あなたがたは悪い者であっても、
自分の子供には、良い贈り物をすることを知っている
とすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、
求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。

〜コメント〜
教会に来る以前に、文語訳で覚えていた言葉。
一歩踏み出す勇気を与えられます。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2016年02月13日

わたしは常に主をわたしの前に置く

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詩篇 第16篇

神よ、わたしをお守りください。
 わたしはあなたに寄り頼みます。
わたしは主に言う、「あなたはわたしの主、
 あなたのほかにわたしの幸はない」と。
地にある聖徒は、すべてわたしの喜ぶすぐれた人々である。
 おおよそ、ほかの神を選ぶ者は悲しみを増す。
わたしは彼らのささげる血の灌祭を注がず、
 その名を口にとなえることをしない。
主はわたしの嗣業、またわたしの杯にうくべきもの。
 あなたはわたしの分け前を守られる。
測りなわは、わたしのために好ましい所に落ちた。
 まことにわたしは良い嗣業を得た。
わたしにさとしをさずけられる主をほめまつる。
 夜はまた、わたしの心がわたしを教える。
わたしは常に主をわたしの前に置く。
 主がわたしの右にいますゆえ、わたしは動かされることはない。
このゆえに、わたしの心は楽しみ、わたしの魂は喜ぶ。
 わたしの身もまた安らかである。
あなたはわたしを陰府に捨ておかれず、
 あなたの聖者に墓を見させられないからである。
あなたはいのちの道をわたしに示される。
 あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、
 あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。

〜コメント〜
会津若松教会の礼拝式文より。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2016年02月05日

わたしたちが幼な子であった時には

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コリント人への第一の手紙 第13章11節

わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく
語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考え
ていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしい
ことを捨ててしまった。

〜コメント〜
前に紹介したこちらの聖書箇所。
人は成長すれば、以前とは変わりますが、
変わることを恐れずに、前に進むことの
大切さを、伝道者パウロは述べています。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2016年01月11日

見よ、わたしは新しい事をなす

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イザヤ書 43章18〜21節

あなたがたは、さきの事を思い出してはならない、
また、いにしえのことを考えてはならない。

見よ、わたしは新しい事をなす。
やがてそれは起る、
あなたがたはそれを知らないのか。
わたしは荒野に道を設け、
さばくに川を流れさせる。

野の獣はわたしをあがめ、
山犬および、だちょうもわたしをあがめる。
わたしが荒野に水をいだし、
さばくに川を流れさせて、
わたしの選んだ民に飲ませるからだ。

この民は、わが誉を述べさせるために
わたしが自分のために造ったものである。

〜コメント〜
預言者(神から言葉を預かり人々に語る
者)イザヤがユダヤ人に向けて語った
言葉ですが、民族を超えて信じる人すべて
に向けられていると考えます。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2015年11月14日

すべての事には時がある

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コヘレトの言葉(伝道の書)
第3章1節〜15節

天が下のすべての事には季節があり、
すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、いやすに時があり、
こわすに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、
抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
捜すに時があり、失うに時があり、
保つに時があり、捨てるに時があり、
裂くに時があり、縫うに時があり、
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに時があり、憎むに時があり、
戦うに時があり、和らぐに時がある。
働く者はその労することにより、なんの益を得るか。

わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる
仕事を見た。

神のなされることは皆その時にかなって美しい。
神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。
それでもなお、人は神のなされるわざを初めから
終りまで見きわめることはできない。

わたしは知っている。人にはその生きながらえてい
る間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。

またすべての人が食い飲みし、そのすべての労苦に
よって楽しみを得ることは神の賜物である。

わたしは知っている。すべて神がなさる事は永遠に
変ることがなく、これに加えることも、これから取
ることもできない。神がこのようにされるのは、
人々が神の前に恐れをもつようになるためである。

今あるものは、すでにあったものである。後にある
ものも、すでにあったものである。神は追いやられ
たものを尋ね求められる。

〜コメント〜
逆境の時、人は大変苦しみますが、今はそういう時
なのだと、聖書は数千年前から語りかけるのです。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2015年10月06日

すべて重荷を負うて苦労している者は

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マタイによる福音書 11章28節〜30節

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとに
きなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたし
のくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、
あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。

わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからで
ある。

〜コメント〜
イエスは今も、疲れた人に「休ませてあげよう」と
語りかけています。(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2015年08月15日

野の草でさえ、神はこのように装って下さる

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マタイによる福音書 6章30節

〜コメント〜
神への深い信頼と、詩的な美しさとが溢れるイエスの
言葉。聖書箇所は、以前アップしたこちらを参照下さい。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2015年08月14日

最も大いなるものは、愛

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コリント人への第一の手紙 第13章1節〜13節

たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、
もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢
と同じである。

たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義と
あらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い
信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、
自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、
いっさいは無益である。

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない、

不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨
みをいだかない。

不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべ
てを耐える。

愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、
異言はやみ、知識はすたれるであろう。

なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言す
るところも一部分にすぎない。

全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼
な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、
おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。

わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見て
いる。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろ
う。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかし
その時には、わたしが完全に知られているように、完全に知
るであろう。

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、
この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

〜コメント〜
意見の違いや、働きの善し悪しも、そこに相手を思いやる
気持ち(愛)がなければ無に等しいと、鋭く教えられます。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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2015年07月15日

平和をつくり出す人たちは、さいわい

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マタイによる福音書 5章3節〜10節

こころの貧しい人たちは、さいわいである、
 天国は彼らのものである。
悲しんでいる人たちは、さいわいである、
 彼らは慰められるであろう。
柔和な人たちは、さいわいである、
 彼らは地を受けつぐであろう。
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
 彼らは飽き足りるようになるであろう。
あわれみ深い人たちは、さいわいである、
 彼らはあわれみを受けるであろう。
心の清い人たちは、さいわいである、
 彼らは神を見るであろう。
平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
 彼らは神の子と呼ばれるであろう。
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、
 天国は彼らのものである。

〜コメント〜
有名な『山上の説教』(マタイ5〜7章)の冒頭です。
より深く理解したい方は、是非教会へ聞いてみて下さい。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
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