2019年02月12日

生き方は1つじゃない〜与えられた自由にどう応えるか〜

NHKで放送されている「ダーウィンが来た! 」
という番組をご存知でしょうか。多種多様な生き
物の暮らしや不思議な性質が紹介されています。
しかし、多くの生き物は驚くほど、ほぼ決まった
生き方、1つのパターンに沿って生きているよう
に見えます。

例えば、鮭は卵から孵化するとすぐに泳ぎ出し、
誰に教えられなくても川を下り、海を目指します。
成長すると生まれた川に戻り、次の命である卵を
残すと親は死を迎え、再び卵から鮭の子が生まれ
るのです。

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多くの生き物は、食べて、大きくなり、次の世代
を残す、(時にはその為に恋のバトルを繰り広げ
ます)そんな繰り返しの一生が見られますが、
人だけは他の生き物から見たら極めて複雑怪奇な
生き方をしているのではないでしょうか。

同じヒトという種なのに、一人一人の顔形や性格
は結構違いますよね。肌の色や、民族ごとに話す
言葉、文化や習慣、社会のルール、着る物や食べ
る物、生き方のバリエーションは、実に何千何万
通りもあるようです。……そのために様々な事件
やニュースを世界中で引き起こしてもいます。

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その理由の1つに、人間が他の生き物よりも自由
が与えられているからではないでしょうか。迷う
自由、悩む自由、選ぶ自由です。時に自然界には
厳しい弱肉強食の掟がありますが、人間には弱さ
に同情する心、共感する心があり、弱さを見捨て
て放置することに、ためらいを覚えます。出来る
だけ助け合って生きようとする、高度な社会性が
備わっているように感じます。

聖書には、善きサマリア人の譬え*(キリスト教
が広まっている国々では誰もが知る有名なお話)
がありますが、そこで語られている隣人愛は、単
なる人間同士のヒューマニズムではありません。
……神の目から見て、それこそが人のあるべき姿、
生きる意味だという教え(掟)なのです。

人は本能だけでなく、むしろこの与えられた自由
の中で何を選ぶのか、与えられた自由にどう応え
るのか、それを問われている存在だとも言えます。
時には選ぶのが難しい選択もありますが、それが
愛や平和を実現するのであれば、それを願う人々
の傍らに立って、勇気を与え、肯定するイエスの
姿が新約聖書に描かれています。

brothers.jpg

誰もが生まれ育った家庭環境や両親からの遺伝的
性質、過去の経験など、一定の制約の中で生きて
いますが、何をどう考え、行動するのか、それに
よって幾通りもの生き方が形造られます。生き方
は1つに収まりませんが、すべての人の最後は1
つ、死によってこの世の生は終わりを迎えます。
そこで神の前に立ち、この世をどう生きるのかを
問うのが、キリスト教の基本的人生観です。自分
に出来ることを精一杯行い、助け合って生きよう
とする人に、目には見えなくとも応援する善き力
(聖霊)が働くことを信じています。(信徒S)

*参考箇所
「善きサマリア人の譬え」
ルカによる福音書10章25〜37節

するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを
試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠
の生命が受けられましょうか」。

彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。
あなたはどう読むか」。

彼は答えて言った、「『心をつくし、精神を
つくし、力をつくし、思いをつくして、主なる
あなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛する
ように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。

彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとお
り行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。

すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、
イエスに言った、「では、わたしの隣り人とは
だれのことですか」。

イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレム
からエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲
い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しに
したまま、逃げ去った。

するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下って
きたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。

同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、
彼を見ると向こう側を通って行った。

ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人の
ところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、

近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを
注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、
宿屋に連れて行って介抱した。

翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、
『この人を見てやってください。費用がよけいに
かかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と
言った。

この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人
になったと思うか」。

彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。
そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じよう
にしなさい」。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 00:19| 右斜め上生き方は1つじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする