2019年09月20日

もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう

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(クリックすると写真が大きくなります)

ルカによる福音書19章28〜40節

イエスはこれらのことを言ったのち、
先頭に立ち、エルサレムへ上って行かれた。

そしてオリブという山に沿ったベテパゲと
ベタニヤに近づかれたとき、ふたりの弟子を
つかわして言われた、

「向こうの村へ行きなさい。そこにはいったら、
まだだれも乗ったことのないろばの子が
つないであるのを見るであろう。それを解いて、
引いてきなさい。

もしだれかが『なぜ解くのか』と問うたら、
『主がお入り用なのです』と、そう言いなさい」。

そこで、つかわされた者たちが行って見ると、
果して、言われたとおりであった。

彼らが、そのろばの子を解いていると、
その持ち主たちが、「なぜろばの子を解くのか」
と言ったので、

「主がお入り用なのです」と答えた。

そしてそれをイエスのところに引いてきて、
その子ろばの上に自分たちの上着をかけて
イエスをお乗せした。

そして進んで行かれると、人々は自分たちの
上着を道に敷いた。

いよいよオリブ山の下り道あたりに近づかれると、
大ぜいの弟子たちはみな喜んで、彼らが見た
すべての力あるみわざについて、声高らかに
神をさんびして言いはじめた、

「主の御名によってきたる王に、祝福あれ。
天には平和、いと高きところには栄光あれ」。

ところが、群衆の中にいたあるパリサイ人
たちがイエスに言った、「先生、あなたの弟子
たちをおしかり下さい」。

答えて言われた、「あなたがたに言うが、
もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」。

〜コメント〜
イエスがロバに乗り、エルサレムへ入城
する有名な場面です。時には「石が叫ぶ」
ように、正しい声を上げることが、求め
られているのではないでしょうか。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 23:51| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月15日

2019年・野外礼拝とぶどう狩り

本日は9時から礼拝堂で短い礼拝を行った後、
10時半より、北会津にある「がぶりガーデン」
にて野外礼拝とぶどう狩りを行いました。

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(ぶどう棚の下、野外礼拝の様子)
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(福山先生1歳の頃の写真も出ました

大人と子ども合わせて20人以上で礼拝を行い、
その後は、お楽しみのぶどうを美味しく頂きま
した。

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天気にも恵まれ、お腹も心も一杯な一日を過ご
すことが出来て、感謝です。秋の様々な行事に
参加したり、美味しい物を食べて、神様の豊か
な愛にふれることが出来ますよう、お祈り致し
ます。(信徒S)

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(撮影者曰く、『美味しいぶどうを食べる
教会のおじさん三人』おっさんずラブ?)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 22:39| 教会行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月05日

信仰は病を癒す?

同志社と縁のある会津若松教会ですが、創立者の
新島襄は、妻・八重を残し、46歳の若さでこの世
を去っています。心臓病を患いながら、無理を重
ねて教会や大学設立に奔走したことが原因でした。
彼ほどの敬虔なクリスチャンでも、生身の肉体を
持つ人間に変わりはなかったのです。

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牧師や僧侶など、いわゆる「宗教家」と呼ばれる
人々も、歯が痛めば歯医者にかかり、具合が悪け
れば医師の診察を受け、必要なら入院して手術を
します。もしも「信仰で病を治そう!」と熱心に
勧める教会があれば、『ちょっと変かも……』と
思った方が良いでしょう。

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仮に「信仰があれば、どんな体の不調でも治る」
……そんな夢のような教会があり、多くの病が治
るなら、きっと世界中で話題になり、病人が殺到
することでしょう。ですが、そんな奇跡の教会は
未だ地上に現れません。

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では、信仰には全く病を癒す効果はないのでしょ
うか?欧米では信仰が篤い人々の方が、そうでな
い人々よりも、治癒効果が高いという研究データ
があるようです。「病は気から」という言葉が示
すように、不安や恐れで一杯でいるよりも、大い
なる存在に心の安定や平和を求め、自分自身を委
ねる……そんな信頼の気持ちを持つ方がストレス
が軽減し、自然治癒力が高まるのかもしれません。

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病気の治療に関しては、キリスト教(神学)より
も医学の方が、日々データを積み重ね、進歩を続
けています。それでもなお、この先も癒されない
病が存在し、人々を苦しめ続けることでしょう。
そんな中でも教会は、目には見えない神への信仰
心を教え、不条理からの救いを示そうとするので
はないでしょうか。

人が病むこと、時に障がいを背負うことは、肉体
を持つ以上、避けて通ることの出来ない事柄です。
それでもなお、悲しむ者と共に悲しみ、喜ぶ者と
共に喜び、力を合わせて生きて行くのが、神が進
める「天の国」なのかもしれません。(信徒S)

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……わたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。
Uコリント4:7

ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 22:26| 右斜め上信仰は病を癒す? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする