2019年11月27日

NEW共に生きる場所として

《かつて、会津地区にはアーミン・H・クレーラ宣教師が
会津高田町(現在:会津美里町)に住んでいました。》

クレーラ先生の著書「一粒のからし種」*から、ある牧師
の話として、次のような話が紹介されていました。

教会から足が遠のいているクリスチャンの家を牧師が訪
ねた時のことです。

「私は一人で祈って、一人で聖書を読んで、一人で讃美
歌を歌います」という返事でした。

その日は寒い日だったので、暖炉には炭が赤々と燃えて
いました。牧師は炭の1つを火箸で取り、他の炭から離
したところ、やがて炭は黒くなりました。

flame-201911.jpg

そこで、黒い炭を赤々と燃える炭に近づけたところ、再
び燃えだしました。それを見たクリスチャンは口を開き
ます。

「……一人だけではやがて冷めてしまいますね」

そんなエピソードでした。人は強いように見えても、周
りの環境のおかげだったり、人々に支えられて生き生き
と過ごせているように思います。人は決して一人だけで
強くも正しくも生きられないこと、良き支えや良き友が
必要であることを、聖書を通して共に学び、共に生きる
場所が教会なのかもしれません。(信徒S)

*「一粒のからし種」会津農村伝道センター発行
著者/アーミン・H・クレーラ
  /エヴァリン・M・クレーラ
ラベル:会津若松教会
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2019年11月18日

「ゴルゴタ」【エドヴァルド・ムンク】1900年

Edvard_Munch_-_Golgotha.jpg
(クリックすると画像が大きくなります。)

「ムンクの叫び」で有名なノルウェー出身の
画家ムンクですが、次々と身内を亡くすなど、
内面の不安や死への意識が、彼独自の作風を
生み出したとも言えます。

厳しく敬虔な父親の元で育ったムンクが描いた
宗教画は、この「ゴルゴタ」だけのようです。
「叫び」が余りにも強烈ですが、「星月夜」
など自然を描いた作品にも、彼の繊細な内面が
よく現れている様に思います。

Edvard_Munch_-_Starry_Night.jpg
「星月夜」1922年

ゴルゴタは「頭蓋骨」の意味で、丘の形が頭蓋骨
に似ていたことから、地名に名付けられたと言わ
れます。……イエスがゴルゴタで血を流すことで、
キリスト教は今日まで続くのです。(信徒S)

〜参考〜
マルコによる福音書15章16〜32節

兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸
の内に連れて行き、全部隊を呼び集めた。

そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を
編んでかぶらせ、

「ユダヤ人の王、ばんざい」と言って敬礼を
しはじめた。

また、葦の棒でその頭をたたき、つばきをかけ、
ひざまずいて拝んだりした。

こうして、イエスを嘲弄したあげく、紫の衣を
はぎとり、元の上着を着せた。それから、彼ら
はイエスを十字架につけるために引き出した。

そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモン
というクレネ人が、郊外からきて通りかかった
ので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた。

そしてイエスをゴルゴタ、その意味は、
されこうべ、という所に連れて行った。

そしてイエスに、没薬をまぜたぶどう酒を
さし出したが、お受けにならなかった。

それから、イエスを十字架につけた。そして
くじを引いて、だれが何を取るかを定めたうえ、
イエスの着物を分けた。

イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろで
あった。

イエスの罪状書きには「ユダヤ人の王」と、
しるしてあった。

また、イエスと共にふたりの強盗を、ひとりを
右に、ひとりを左に、十字架につけた。

〔こうして「彼は罪人たちのひとりに数えられた」
と書いてある言葉が成就したのである。〕

そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、
イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打
ちこわして三日のうちに建てる者よ、

十字架からおりてきて自分を救え」。

祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒
になって、かわるがわる嘲弄して言った、
「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。

イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりて
みるがよい。それを見たら信じよう」。また、
一緒に十字架につけられた者たちも、イエスを
ののしった。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 23:03| 楽しいキリスト教絵画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

天の監督を仰がざれば凡人堕落〜田中正造〜

zabriskie2019.jpg
(クリックすると写真が大きくなります)

天の監督を仰がざれば凡人堕落。
国民、監督を怠れば、治者盗を為す

田中正造【1841年〜1913年】の言葉

〜コメント〜
日本で最初の公害問題である足尾銅山の鉱毒
で苦しむ人々の側に立ち、被害を訴え続けた
田中ですが、亡くなった時には小さな袋しか
手元に残しませんでした。……その袋の中に
新約聖書がありました。

田中は当時の国策である銅山の操業によって、
自然環境が破壊され、それまでの生活が一変
し、故郷を失い苦しむ人々の様を何とか救い
たいと奮闘しましたが、彼は不正なことで喜
ぶよりも、正しいことの為に苦しむ方が幸い
であると、聖書からメッセージを受け取り、
最後まで戦い続けたように思うのです。
(信徒S)

真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、
村を破らず、人を殺さざるべし。
〜田中正造〜


ラベル:会津若松教会
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2019年11月03日

順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ

bench201911.jpg
(クリックすると写真が大きくなります)

コヘレトの言葉7章14節

順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。
神は人に将来どういう事があるかを、
知らせないために、彼とこれとを等しく
造られたのである。

〜コメント〜
上手くいかない時には、立ち止まって
考えることを、聖書は教えています
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 22:34| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする