2020年07月26日

2020年・教会研修会「弱さでつながる〜辺野古・新基地反対運動」

今年はコロナの影響もあり、例年のような軽食
は用意せず、礼拝後すぐに約1時間の研修会を
行いました。

「弱さでつながる〜辺野古・新基地反対運動に
ついて〜」という題で、現地を訪れ、調査を行
ってきた福山先生が、スライドや映像を用いて
お話し下さいました。

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(プロジェクターを用いて、解説される福山牧師)

ニュースでは流れない「座り込み」の様子を知
ることが出来ました。暇人と揶揄され、ジョン
レノンの「イマジン」の替歌「ヒマジン」とい
う歌詞で共に歌うこと、1日3回、工事車両が
通る時以外は、屋根の下で共に食事やおやつを
食べること、また差し入れで支える人々がいる
ことなどです。

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短い時間でしたが、とても考えさせられる良い
研修会だったと思います。(信徒S)


ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 11:40| 教会行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月17日

ヨハネの第三の手紙の祈り

waves2007.jpg
(クリックすると写真が大きくなります)

〜コメント〜
あるクリスチャンに送った愛の手紙
の1節です。……私たちも誰かの
祈りや愛によって、今日まで支えら
れていると思うのです。(信徒S)

〈参考〉
ヨハネの第三の手紙

長老のわたしから、真実に愛している
親愛なるガイオへ。

愛する者よ。あなたのたましいが
いつも恵まれていると同じく、あなたが
すべてのことに恵まれ、またすこやかで
あるようにと、わたしは祈っている。

兄弟たちがきて、あなたが真理に生きて
いることを、あかししてくれたので、
ひじょうに喜んでいる。事実、あなたは
真理のうちを歩いているのである。

わたしの子供たちが真理のうちを歩いて
いることを聞く以上に、大きい喜びはない。

愛する者よ。あなたが、兄弟たち、しかも
旅先にある者につくしていることは、みな
真実なわざである。

彼らは、諸教会で、あなたの愛について
あかしをした。それらの人々を、神の
みこころにかなうように送り出してくれ
たら、それは願わしいことである。

彼らは、御名のために旅立った者であって、
異邦人からは何も受けていない。

それだから、わたしたちは、真理のための
同労者となるように、こういう人々を助け
ねばならない。

わたしは少しばかり教会に書きおくって
おいたが、みんなのかしらになりたがって
いるデオテレペスが、わたしたちを受け
いれてくれない。

だから、わたしがそちらへ行った時、彼の
しわざを指摘しようと思う。彼は口ぎたなく
わたしたちをののしり、そればかりか、
兄弟たちを受けいれようともせず、受け
いれようとする人たちを妨げて、教会から
追い出している。

愛する者よ。悪にならわないで、善にならい
なさい。善を行う者は神から出た者であり、
悪を行う者は神を見たことのない者である。

デメテリオについては、あらゆる人も、また
真理そのものも、証明している。わたしたちも
証明している。そして、あなたが知っている
とおり、わたしたちの証明は真実である。

あなたに書きおくりたいことはたくさんある
が、墨と筆とで書くことはすまい。

すぐにでもあなたに会って、直接はなし合い
たいものである。

平安が、あなたにあるように。友人たちから、
あなたによろしく。友人たちひとりびとりに、
よろしく。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 23:36| 祈りと言葉のフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月04日

「ヨブ記(挿絵)」【ウィリアム・ブレイク】1825年

Job_Rebuked_by_His_Friends_Butts_set.jpg
(クリックすると画像が大きくなります)

ヨブ記の挿絵「友人3人に叱責されるヨブ」
の場面です。

正しい人・ヨブが不幸に陥り、3人の友人が
慰めに来るのですが、ヨブがこのような不幸
に襲われたのは、何か大きな罪を犯したから
だと、ヨブを責めます。

身に覚えのないヨブは友にも理解されず、苦
しみはなお深まります。それでもなお自分と
神の間に立って救う者(キリスト)が現れる
とする箇所(19章25節)が、ヨブ記の中で
最も重要と、内村鑑三は「ヨブ記講演」で述
べています。


〜参考〜
ヨブ記・第19章1〜29節

そこでヨブは答えて言った、

「あなたがたはいつまでわたしを悩まし、
言葉をもってわたしを打ち砕くのか。

あなたがたはすでに十度もわたしをはずかしめ、
わたしを悪くあしらってもなお恥じないのか。

たといわたしが、まことにあやまったとしても、
そのあやまちは、わたし自身にとどまる。

もしあなたがたが、
まことにわたしに向かって高ぶり、
わたしの恥を論じるならば、

『神がわたしをしえたげ、
その網でわたしを囲まれたのだ』と知るべきだ。

見よ、わたしが『暴虐』と叫んでも答えられず、
助けを呼び求めても、さばきはない。

彼はわたしの道にかきをめぐらして、
越えることのできないようにし、
わたしの行く道に暗やみを置かれた。

彼はわたしの栄えをわたしからはぎ取り、
わたしのこうべから冠を奪い、

四方からわたしを取りこわして、うせさせ、
わたしの望みを木のように抜き去り、

わたしに向かって怒りを燃やし、
わたしを敵のひとりのように思われた。

その軍勢がいっせいに来て、
塁を築いて攻め寄せ、
わたしの天幕のまわりに陣を張った。

彼はわたしの兄弟たちを
わたしから遠く離れさせられた。
わたしを知る人々は全くわたしに疎遠になった。

わたしの親類および親しい友はわたしを見捨て、

わたしの家に宿る者はわたしを忘れ、
わたしのはしためらはわたしを他人のように思い、
わたしは彼らの目に他国人となった。

わたしがしもべを呼んでも、彼は答えず、
わたしは口をもって彼に請わなければならない。

わたしの息はわが妻にいとわれ、
わたしは同じ腹の子たちにきらわれる。

わらべたちさえもわたしを侮り、
わたしが起き上がれば、わたしをあざける。

親しい人々は皆わたしをいみきらい、
わたしの愛した人々はわたしにそむいた。

わたしの骨は皮と肉につき、
わたしはわずかに歯の皮をもってのがれた。

わが友よ、わたしをあわれめ、わたしをあわれめ、
神のみ手がわたしを打ったからである。

あなたがたは、なにゆえ神のようにわたしを責め、
わたしの肉をもって満足しないのか。

どうか、わたしの言葉が、書きとめられるように。
どうか、わたしの言葉が、書物にしるされるように。

鉄の筆と鉛とをもって、
ながく岩に刻みつけられるように。

わたしは知る、
わたしをあがなう者は生きておられる、
後の日に彼は必ず地の上に立たれる。

わたしの皮がこのように滅ぼされたのち、
わたしは肉を離れて神を見るであろう。

しかもわたしの味方として見るであろう。
わたしの見る者はこれ以外のものではない。
わたしの心はこれを望んでこがれる。

あなたがたがもし『われわれはどうして
彼を責めようか』と言い、
また『事の根源は彼のうちに見いだされる』
と言うならば、

つるぎを恐れよ、
怒りはつるぎの罰をきたらすからだ。
これによって、あなたがたは、
さばきのあることを知るであろう」。
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 22:51| 楽しいキリスト教絵画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする