2018年01月08日

暗やみに輝くともしびとして、目をとめているがよい

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ペテロの第二の手紙・1章15〜21節

わたしが世を去った後にも、これらのことを、
あなたがたにいつも思い出させるように努めよう。

わたしたちの主イエス・キリストの力と来臨とを、
あなたがたに知らせた時、わたしたちは、巧みな
作り話を用いることはしなかった。わたしたちが、
そのご威光の目撃者なのだからである。

イエスは父なる神からほまれと栄光とをお受けに
なったが、その時、おごそかな栄光の中から次の
ようなみ声がかかったのである、「これはわたしの
愛する子、わたしの心にかなう者である」。

わたしたちもイエスと共に聖なる山にいて、天から
出たこの声を聞いたのである。

こうして、預言の言葉は、わたしたちにいっそう
確実なものになった。あなたがたも、夜が明け、
明星がのぼって、あなたがたの心の中を照すまで、
この預言の言葉を暗やみに輝くともしびとして、
それに目をとめているがよい。

聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでない
ことを、まず第一に知るべきである。

なぜなら、預言は決して人間の意志から出たもの
ではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語った
ものだからである。

〜コメント〜
とても詩的な言葉ですね。暗闇の困難な中でも
預言(神のみ言葉)に心を留めて、その小さな
光を頼って進もうと、作者は語ります。
(信徒S)
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 20:32| みことばのフォト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする