2019年11月27日

共に生きる場所として・教会

《かつて、会津地区にはアーミン・H・クレーラ宣教師が
会津高田町(現在:会津美里町)に住んでいました。》

クレーラ先生の著書「一粒のからし種」*から、ある牧師
の話として、次のような話が紹介されていました。

教会から足が遠のいているクリスチャンの家を牧師が訪
ねた時のことです。

「私は一人で祈って、一人で聖書を読んで、一人で讃美
歌を歌います」という返事でした。

その日は寒い日だったので、暖炉には炭が赤々と燃えて
いました。牧師は炭の1つを火箸で取り、他の炭から離
したところ、やがて炭は黒くなりました。

flame-201911.jpg

そこで、黒い炭を赤々と燃える炭に近づけたところ、再
び燃えだしました。それを見たクリスチャンは口を開き
ます。

「……一人だけではやがて冷めてしまいますね」

そんなエピソードでした。人は強いように見えても、周
りの環境のおかげだったり、人々に支えられて生き生き
と過ごせているように思います。人は決して一人だけで
強くも正しくも生きられないこと、良き支えや良き友が
必要であることを、聖書を通して共に学び、共に生きる
場所が教会なのかもしれません。(信徒S)

*「一粒のからし種」会津農村伝道センター発行
著者/アーミン・H・クレーラ
  /エヴァリン・M・クレーラ
ラベル:会津若松教会
posted by 信徒S at 22:38| 信徒のブログ(まじめ?) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする